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富岡製糸場と片倉館

2015年11月4日


世界遺産はどうやって残されたのか?

長野に久々に遊びに行ってきました。
山歩きとちょっと観光的な・・・
何度行っても通過するだけで終わってしまうところもあれば、行けば必ず寄るところもあるんですよ。
今回の諏訪湖では、湖岸通りにあるうな藤がそれです。近くに有名な小林もあるが、ここのは柔らかいというよりもむしろしっかりとした蒲焼と肝焼きが好きなのです。
うな
今回は、残念ながら肝焼きは売り切れでしたが、美味しいうな重を堪能してきました。

片倉館
そして、うな藤のすぐそばにあって一度も行ったことがなかったのが、日帰り天然温泉の片倉館。
片倉館
今や日帰り温泉はそこらじゅうにあるが、この片倉館は洋風建築、それも国指定重要文化財なのです。
以前から知ってはいましたが、このアンバランスな(失礼)取り合わせと、通り過ぎることの多い諏訪湖は風呂に入る時間帯には通らないことから横目で見ていました。

さてさて、千人風呂を楽しんだ後、施設内にあったチラシを見てびっくり。この片倉館ですが、実は日本初のコミュニティセンターと言っていいでしょう。それも地元の一企業が、1928年に地域の人々のためにつくった温泉、社交、娯楽、文化向上のための施設で、その企業名から片倉館というのだそうです。

「シルクエンペラー片倉」(以下パンフより抜粋)
初代片倉兼太郎は、1873年に岡谷市で座繰製糸を開始。二代目兼太郎は事業を急成長させ日本一の製糸会社片倉組を中心とする片倉財閥を構築。昭和に入ると三代目兼太郎が富岡製糸場・・・・・

ええええ?富岡製糸場??

富岡製糸場を合併し、さらに事業を進展させ「片倉兼太郎」の名はシルクエンペラーとして世界に轟くことになります。この間、三人の片倉兼太郎は一企業の繁栄にとどまらず、学校や保養施設、公園など、地域社会全体の発展に尽くし、今でも遺産の数々が人々に親しまれ、大切に守られています。

どうですか?
初耳でしょう。私も知りませんでした。140年以上前、明治の官営製糸場として設立されたあの世界遺産となった「富岡製糸場」がどうやって今に受け継がれたのか?
それは、この片倉組(後の片倉工業)が保存管理のために掲げた「売らない、貸さない、壊さない」の3原則があったからで、この礎を築いた人物こそ三代にわたる片倉兼太郎でした。富岡製糸場は1987年(昭和62年)まで操業し、2005年(平成17年)に富岡市に寄贈された。
富岡製糸所

この写真は、世界遺産になる前の2011年(平成23年)に富岡製糸場を訪れた時のもので、空いていて他のグループのガイドの説明をじっくり聞くことができました。

いろいろな所に、行っていますが、諏訪で世界遺産につながるとは思いもしませんでした。

豆大福
諏訪湖に行くともう一つ寄る所があります。それは下諏訪にある福田屋本店。売りは「信州 あべかわ餅」なのですが、ここの豆大福は絶品ですよ。
福田屋本店

旭温泉
さて、それでは最後に、長野の帰りによく寄る温泉を紹介して終わりにします。
今年、ノーベル賞を受賞した大村智教授で一躍有名になった大村美術館と白山温泉がありますが、これらはまた片倉館と同じように世界で活躍した人が自分が育った地域、韮崎のために建てたものだそうですが、ここへはまだ行ったことがありません。
旭温泉
この写真は、帰り道に寄った旭温泉です。ここの湯はとても軟らかくて、リラックスできてとても評判ですよ。
おすすめです。










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コメント

片倉館ですか!

片倉館、知りませんでした。こういう人の功績は時代を超えて残るんですね。富岡製糸場も行ったことありませんが、片倉館も行って見たいですね。
ちょうど紅葉の時期ですし・・・

No title

tomjさん

モーターショウは結局雨にめげました。
紅葉も麓まで降りてきているでしょうね。

千人風呂の片倉館(駐車無料)の隣には、諏訪市美術館(元片倉組の迎賓館だそうです)もおもしろそうです。今回は時間の都合で寄れませんでしたが・・・
千人風呂もいいですね。旭温泉は一押しです。
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