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み〜つけた(かくれんぼ2)

2013年3月5日


発掘見学会。
大久保弥六郎邸跡第6地点 発掘調査見学会

街中でも、家のなかでも見つからないものが沢山あるのに…土の中からは、いろいろなんなことが分かるんだね。

小田原城の南東、馬出し門前の三の丸地区は、大手筋で江戸時代の家老や重臣の大きな屋敷があったところで、芸術文化創造センターの予定地。
以前行われた元の小田原警察署や消防署があった所の調査では2頭のイルカ(左下)や水路跡が見つかったんだって。
なんで、こんなところに2頭のイルカが並んででてきたんだろう?
池にイルカのいる水族館でも・・・あったわけないな。




3日は、今発掘中の南側での見学会。
この場所は、西のお堀に面した部分を屋敷の表とすると、屋敷裏の空閑地だったようで、17世紀後半の大土坑からは、当時の最高級磁器である鍋島焼きの染付け皿がみつかり、宝永4(1707)年の富士山噴火の黒い火山灰をまとめてすてた大土坑もみつかった。
この茶碗を割ってしまった人は、どうなったのか?ちょっと心配です。

また、戦国時代の小田原北条時代の層からは、石組みの水路跡や直径約4mで小田原城址最大級の石組井戸や常滑焼きの甕やたくさんのかわらけも発見された!




それと、土抗とよばれる、簡単に言えば大中小の「穴」がたくさん見えるでしょ。これらは、半地下の倉庫の穴とか、柱やごみ捨て用の穴も!

また、戦国時代、神社や寺など大きな建物が当たり前のように使っている基礎石が、この頃の建物には使われてない!ものが多いらしい。これって腐るよね。→腐るらしいです。

ちなみに、水路に使われていた石は、早川の石らしい。




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